(めろん No.166掲載)
幅広い事業を進める協会だが、外国人市民のもっとも切実、困難な悩みに取り組むという意味でも、また、そこから見えてくる地域社会の課題に協会が向き合っていくためにも、「外国人市民のための生活相談」はその基礎をなす事業と言ってよいだろう。では、協会にはどんな相談が寄せられ、どのようにこれに対応しているのか。コロナウィルスの感染が続いた 2020年度の事業報告からお伝えする。
年間 934 件の相談に多言語で対応
協会では毎週火曜日の午前 11 時から午後 2 時 30 分まで英語、中国語、韓国朝鮮語(隔週でベトナム語、ポルトガル語)の相談員が待機している。外国人市民ならだれでも相談することができ、相談内容に応じて日本語の書類を各言語で説明したり、ネットでの検索や他機関への問い合わせを行う、悩みを聞いて課題を整理するなどの対応を行っている。また、それ以外の時間には職員が相談に対応する。ほぼすべての職員が日本語に加えて1種以上の言語を話すことができる。2020 年度の相談集計によると、これらのスタッフが日本語、英語、中国語、韓国朝鮮語、ポルトガル語、フランス語、ベトナム語、トルコ語、ヒンディー語、モンゴル語、スペイン語で、合計 934 件の相談に対応した。
相談事業の歩み
協会では設立以来、職員が英語と日本語を中心に外国人市民からの問合せに対応していたが、2006 年度からは 5言語の相談員による週1回の定例事業が開始された。寄せられる質問に情報提供し、悩みを聞いていっしょに考える、という活動から始まったが、その後、協会に寄せられる相談は次第に増加し、また多様化、複雑化していった。 「仕事を失い所持金が底をついた」、「今日、寝る場所がない」、などの緊急性の高い相談や子どもへの虐待や家族内での暴力など、情報提供や傾聴するだけではすまない相談が寄せられるようになった。また、相談者の背景にこうした複合的な課題が絡まるケースも増えた。それらの相談に言語や文化の壁が重なるため、他の機関に引き継いでも、機関も相談者もうまくつながれない…。こうした経験から、他の機関と連携しながら、協会職員が課題解決に向けて伴走する協会の相談事業のスタイルを模索してきた。
2011 年度に箕面市で始まった「パーソナルサポートサービス事業」では、協会もその推進協議会に参加し、機関連携・ケースワークについて他機関との連携のなかで多くのことを教えられた。現在、協会は「箕面市生活困窮者自立支援推進協議会」、「箕面市要保護児童対策協議会」などに参加している。2020 年度からは法務省が実施する「多文化共生総合相談ワンストップセンター」として位置付けられた。
一般相談とケース相談
こうした経験から、協会では寄せられる相談に大きく2つに分けた対応を行っている。ひとつは、相談者の質問にその場ですぐに、またはネットや電話で問い合わせなどを行い、回答したり、悩みを聞いて一緒に考えたりする一般相談。1回の相談で「ひとまずの解決」を図るものだ。 もうひとつは、継続して面談を行ったり、他の相談機関などに同行するなどしながら時間をかけて対応するケース相談だ。件数(対応回数)でみると、昨年度は一般相談が558 件、ケース相談が 376 件となっている。相談の受付方法では、電話が 422 件、来館での相談が 414 件、メールが56 件、その他が 42 件である。 では、どんな相談が寄せられているのか。その概況を二回にわたってお伝えする。今回は、一般相談のカテゴリーからその内容を見てみよう。
寄せられる多様な相談
生活一般は多岐にわたる。例えば、転入出時の電気やガスなどの手続き、オンラインショッピ
ングでのトラブル、国勢調査や NHK の集金など自宅に届く郵便物に関する問い合わせ、バスの乗り方、遺言書の準備など、多種多様な相談が寄せられている。教育では、小中学校での渡日の子どもへのサポートや通訳、高校進学についての相談が多く、子どもや保護者、学校関係者からも相談が寄せられている。医療では、病院への同行通訳や適切な病院をどうやって選んだらよいか、といった相談が多いが、短期滞在中に手術が必要な状態となり、健康保険も適応外であることから高額な医療費が支払えない、といった相談も寄せられる。雇用・労働では、仕事探しについての内容が多い。協会では相談者の状況や希望を聞き取りながら、インターネット上の求人情報を一緒に見たり、外国人向けのハローワークなど他機関を紹介するなどしている。また、職場でのハラスメントや同僚とのトラブルなどについての相談もある。その他、子どもの発達や育児の悩み、母国で支払った年金制度と日本の年金の合算手続きについて、隣人とのトラブル、転入や世帯合併などの手続きについてなど、その内容は多岐にわたる。
新型コロナウィルスの影響も
また、昨年度はコロナの影響による案件も多かった。収入が減少し、家賃が払えない、生活資金の貸し付けを受けたい、特別定額給付金の手続きのサポート、個人事業で収入を得るための情報がほしい、コロナの影響で母国からの送金が止まり大学の学費が支払えない、などのお金にまつわる困り事。また、感染の不安から、どこで検査を受けられるか、また入院した場合の通訳や費用はどうしたらよいか、今発熱しているがどこに行けばよいか、などの相談なども寄せられている。こうした相談は、外国人市民からだけでなく、外国人市民が利用する病院や NPO、社会福祉協議会などの支援機関からも寄せられた。
相談者の力と社会の壁
相談対応にあたってもっとも大切にしているのは、「相談者のエンパワメント」という視点だ。何が「課題」であるかを決め、「解決」するのはほかならぬ相談者自身だ。自らの人生を生き抜く力は相談者のなかにある。だが、社会的な制約がそれを阻む。相談員の役割は、その社会的な制約を明らかにし、相談者が必要な社会資源にアクセスできるよう条件整備を行って、本来の力が発揮できるようにサポートすることだ。「解決」の代行は、こうした相談者の力を過小評価したり、それを奪うことにもつながる。あくまで相談者を中心に。相談員は伴走者である。 またそのためには、私たちが暮らす社会にある「壁」について理解しておく必要もある。それはことばの壁だけではない。自己責任を求める風潮、国の都合で運用される在留管理制度、申請主義を前提とする福祉行政、つながりが薄れていく地域社会、様々な形での外国人差別…。そこには個人の力だけでは容易に越えられない壁がある。相談者の話を傾聴し、社会の現実にともに向き合う。選択肢を一緒に探し、相談者の次の一歩をサポートをする。「答え」も大切だが、そこに至るプロセスそのものが相談者をエンパワメントするものであることはもっと大切だ。
相談者の視点から社会をみる
ある相談者は、持病の薬をもらうために、かつて住んでいた場所にある病院に、何年もの間、何時間もかけて毎月通っていた。日本語での会話ができず、新しい病院に移ると同じ薬がもらえなくなるのではないか、という不安からだ。何十年も日本で暮らしていても、言葉や文化の壁のために「わからない」ことは多いが、しかし、社会は「わかっている」人を基準に動いている。どこの窓口も「聞いたら答えてはくれる」が、何を聞いたらよいのか、一緒に考えてくれる人はいない。さらに、そこに差別的なことばや冷たい対応をされた経験が重なる。孤立した状態のなかで限られた情報をもとに、しかしそれぞれの知恵と努力で相談者は生きている。 相談事業では、相談を通して出会う行政や支援機関の関係者に外国人市民の経験、直面している社会課題を伝え、分かち合う。「あぁ、(外国人市民は)そんな風に困るんですねぇ」と驚かれることも多い。そうした地道なやりとりのなかで、地域のなかに理解と変化を広げていく。それが相談事業のもう一つの大事な側面だと考えている。
次回、後編ではケース相談について報告する。(河合)