(公財)箕面市国際交流協会MAFGA

2021.05.01

コムカフェの7年間を振り返る

3月 20日開催 @ comm cafe
(めろんNo.164掲載)

 カフェ事業の始まりは 2010 年。2013 年 5 月に多文化交流センターがオープンする 3 年前までさかのぼる。この 3 月で、これまで約 7 年間、カフェを担当してきた金姫廷さんが退職することもあり、これまでの過程を知り、今後のあり方をともに考えるイベントを開催したので報告する。

コムカフェのもつ多彩な側面

 コムカフェは火曜日から土曜日まで「ワンデイシェフ・システム」のもと、これまで 40 カ国 80 名の外国人シェフが 1 日オーナーになり、のべ 80 名にのぼるボランティアの協力を得ながら世界の家庭料理を提供してきた。今ではランチ営業は広く知られるようになってきたが、今回スタッフが一番伝えたかったのは、お客さんからは普段見えない「コムカフェのもつ(飲食業以外の)4つのはたらき」についてだ。

①人材育成(外国人市民をエンパワメントし、主体性を引き出す機能)
②コミュニティづくり(「食」や「語学」をキーワードに、さまざまなグループを生み出す機能)
③啓発(メディアからの取材依頼や講演依頼が多数寄せられ、独自のノウハウや実践のポイントを多方面に発信する機能)
④相談窓口、「フードドライブ」などセーフティネットとしての役割(キッチンでの作業中や賄いの時間に悩みや不安を様々な国籍・世代のスタッフに相談できる機能)

 後半の「一問一答タイム」では活発なやり取りが続き、それぞれ自分の言葉でカフェに対する思いを語った。「すごく効率の悪いことをやっているようにみえて、実は確実に『共生』の実践のためのノウハウを蓄積させているのが面白い」(初めてカフェに来た方)、「このカフェでなら、母語で大きな声で話していても誰も私を見ない。自分たち親子にとって、素のままでいられる、本当に貴重な場」(常連のお客さん)、「最初はこのカフェでおこなわれていることの意味がよくわからず、もやもやすることが多かったけど、だんだんそのことに慣れて、いまではこの場にとても親しみを感じている」(ボランティア)。

カフェを通して、変わったこと

 最後は約 7 年カフェを担当してきた金姫廷さんがスピーチ。「このカフェを通して本当に沢山の出会いを得て、自分自身も随分変わった。これまで地域で生活する中で、夫の通名(日本式の名前)を名乗るか、本名にするか、悩みながらもその場その場で使い分けてきた。でもこのカフェで働くことで、自分も堂々と本名を名乗ることが出来た」。7 年間、現場で運営を担ってきた中での言葉に、じんときた人が多くいた。

 長年、カフェを支えてくれた「チーム・シカモ(コムカフェの運営をサポートしている外国人市民グループ)」のタナヤさん、アルバイトのオリガさんも、3 月末で大阪を離れるのであいさつした。タナヤさん曰く、「最初は何をやるのも緊張して恥ずかしがり屋だった私が、このカフェを通じてとても積極的になった。イベント企画やマルシェ、出講など、やりたいと思ったことをここですべて実現できたことはまるで奇跡」。

まだまだ道のりは続く

 コムカフェへ来てくれるお客さん、シェフ、ボランティア、スタッフ、多様な事業関係者・・・。支援する側、される側(=多数派と少数派の関係性)が時に入れ替わり、互いの線引きがあいまいになることも、この場が放つ不思議な磁力となっている。

 今年度からは新しいスタッフ 2 人(エネビシさん、金梨花さん)が加わり、新たなメンバーで次の展開を模索中。日替わりランチの営業だけにとどまらず、もっといろいろな人がこのカフェに関わり、いかに多角的な展開を生み出せるのか、次なるチャレンジだ。 毎日多様な立場の人たちが関わる性質上、それぞれ思い通りにならないことが本当に多く、時にしんどくなることも。参考になる事例が他にないかとあちこち調べたが、コムカフェみたいな場所は世界のどこにもない、ということもわかってきた。

 コロナや気候変動などで社会の状況が大きく変わる中、多様な人たちがともにはたらき、苦労を共有しながら、いかに豊かな地域を築いていけるか。未来を先取りしたようなこのカフェの求心力や可能性を、改めて感じた会だった。カフェはこの 5月で丸 8年。GW明けまでは、テイクアウトのみの営業を行う予定だったが、緊急事態宣言の発出で、5 月 11 日までは閉店が決まっている。閑散とした店内が寂しいが、しばらくは参加者の皆さんから寄せられたメッセージや、当日のスライド資料を掲示しているので、センター再開後は、ぜひのぞいて見てほしい。(岩城)